本との日常

好きな本を紹介するエッセイ

博士の愛した数式

僕が一番苦手な教科は数学。

算数まではまだよかった。そこそこテストで良い点数もとっていた。

しかし数学となった途端、雲行きが怪しくなった。

数ⅠAまではなんとか踏ん張ったが、数ⅡBはもう白旗を振っていた。

数ⅢCなんてもう姿形も見えなかった。

 

数学は苦手だったが、数学の先生は好きだった。

特に高校時代の数学の先生は強烈な印象を残している。

 

一人目は大きな黒縁メガネのS先生。

年齢は50歳前後。太っていて、薄い髪の毛はいつも汗か脂で湿っていた。

チョークで汚れた教材を抱えいつもガニ股でのそのそと歩く。

授業はまじめで、板書は殴り書き。予測不可能なタイミングで生徒を指すので、みんな目を合わせないよう常に下を向いてノートをとっていた。

そんなS先生ではあるが実はおちゃめな一面もある。

授業中突然ダジャレをぶっこんできたり、授業とは関係ない雑談を始めたり。

下手したら雑談で授業のほとんどが終わってしまうときもあった。

なので雑談が始まると積極的に発言し、雑談を伸ばして授業をつぶそうと尽力していた。

儚くも大抵は失敗に終わったのだが。

 

二人目は20代の若手T先生。

非常勤であったにもかかわらず教え方はとても丁寧でわかりやすかった。

容姿端麗で女子生徒からの人気も高かった。

ある日そのT先生が吹奏楽部の副顧問になった。僕も吹奏楽部に所属していたためよく部室で顔を合わせるようになった。

T先生の趣味は音楽。

宅録してインターネットで公開するほどギターや歌もうまい。(先生が録った「聖闘士星矢」は今も僕のiPodに入っている)

ある日のこと。吹奏楽部員たちは音楽室で練習をしていた。僕も音楽室で練習をしていたのだが、忘れ物に気づき、ひとり部室へ戻った。

すると一室からギターの音色と歌声が聞こえた。

「いちご白書をもう一度」だ。

恐る恐るドアを開けると、窓に向かってギターをかき鳴らし熱唱するT先生の後ろ姿が見えた。

 

僕は先生が気付く前にそっとドアを閉めた。

 

 

博士の愛した数式」に出てくる数学の博士は80分で記憶が消えてしまう。家政婦の子供に対して誠実に接する。もし近所に博士のような人がいたら、僕はもっと数学が好きになっていたかもしれない。ひょっとしたら教壇に立っていたかもしれない。

 

S先生、T先生は今も元気でおられるだろうか。

 

博士の愛した数式

小川洋子/著

[ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた──記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。(新潮社より)